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東京地方裁判所 平成10年(ワ)4562号 判決 1999年6月29日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 田村彰浩

被告 株式会社わかしお銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 新井宏明

大森恒太

主文

一  被告は、原告に対し、金四万五五五三円及び内金四万三九六二円に対する平成一〇年三月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇八万六一六〇円及び内金三〇四万三九六二円に対する昭和五〇年一一月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五〇年八月七日、株式会社第一相互銀行(以下「第一相銀」という。)との間で、満期・昭和五〇年一一月七日、利息・年五・五パーセントとする三〇四万三九六二円の定期預金契約(以下「本件預金契約」という。)を締結した。

2  第一相銀は、平成元年一〇月一日、商号を株式会社太平洋銀行(以下「太平洋銀行」という。)と変更し、更に、太平洋銀行は、平成八年九月一七日、被告に対し、その営業の全部を譲渡し、これに伴い、被告は、太平洋銀行の営業によって生じた債務を引き受けた。

仮に、被告が本件預金債務を引き受けていなかったとしても、被告は太平洋銀行の営業により生じた債務を引き受ける旨広告したから、被告は、本件預金債務の支払義務を否定することはできない。

3  原告は、被告に対し、平成一〇年三月一六日送達の本訴状をもって、本件預金契約を解約する旨の意思表示をした。

4  よって、原告は、被告に対し、元金三〇四万三九六二円及びこれに対する昭和五〇年八月八日から昭和五〇年一一月七日までの利息金四万二一九八円の合計金三〇八万六一六〇円並びに元金三〇四万三九六二円に対する本件預金契約の満期の日の翌日である昭和五〇年一一月八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による利息・遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は、原告が、昭和五〇年八月七日、第一相銀との間で、満期・昭和五〇年一一月七日、利息・年五・五パーセントする四万三九六二円の定期預金契約を締結した限度で認めるが、その余は否認する。

実際のところ、原告は、四万三九六二円しか預金をしていないにもかかわらず、誤って額面三〇四万三九六二円の定期預金証書が作成されたものである。

2  請求原因2は認めるが、被告が、原告を預金者とする四万三九六二円を超える定期預金債務を承継したとする点は否認する。

仮に、原告が、第一相銀に対して額面三〇四万三九六二円の定期預金をしたとしても、被告としては、右定期預金債務のうち四万三九六二円の限度でしかその存在を認識していなかったから、被告と太平洋銀行との間の営業譲渡契約においては、右の限度における預金債務のみが承継されたのであり、被告は、右金額を超える預金返還債務は承継していない。

また、被告の営業譲渡の際の広告には、太平洋銀行の営業上の債務について被告が直接的に弁済義務を負う旨の文言は含まれていないから、被告は、商法二八条に基づく責任を負うものではない。

三  抗弁

1  弁済(額面三〇〇万円の定期預金について)

仮に第一相銀と原告が、本件預金契約を締結したとしても、第一相銀は、その後の昭和五〇年一二月一二日、右定期預金を額面三〇〇万円と額面四万三九六二円の二口の定期預金口座に分割し、前者の額面三〇〇万円の定期預金については、その後まもなく解約して、原告に対し、預金額を弁済した。

2  消滅時効(前同)

原告主張の本件預金債権の消滅時効期間は五年であるところ、本訴提起は、本件預金の満期である昭和五〇年一一月七日から五年以上の期間が経過した後の平成一〇年三月六日である。

そこで、被告は、原告に対し、平成一〇年四月一四日の本訴の第一回口頭弁論期日において、本件預金債権のうち三〇〇万円の返還債務について、右時効を援用する旨の意思表示をした。

3  満期後の支払利息の利率

原告と第一相銀ないし太平洋銀行との間においては、定期預金の満期の後、解約までの支払利息の利率は、解約日における普通預金の利息の利率によるとの合意がある。

そして、本件預金契約の解約日である平成一〇年三月一六日時点における普通預金の利息の利率は、年〇・一パーセントである。

4  受領遅滞

被告は、本訴第一回口頭弁論期日(平成一〇年四月一四日)以来、四万三九六二円の定期預金については、銀行における取扱いに従い、原告から正規の手続による払戻請求がされたときは支払をする所存である旨表明してきた。しかるに、原告は、本訴状によって右定期預金契約を解約したにもかかわらず、いまだに右金員を受領しようとはしない。したがって、被告は、右解約日以降の遅延損害金を支払う義務はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  抗弁3、4は争う。

五  再抗弁(抗弁2に対し)

1  権利の濫用

被告が消滅時効を援用することは、著しく信義に反し、権利の濫用として許されない。すなわち、

(一) 預金者は、銀行を信頼していつまでも安全確実に預けられると認識して預金をするのであり、消滅時効によって預金の返還を受けられなくなるなどとは全く考えていない。

(二) 銀行は、預金による資金を他に貸出して運用し、収益を上げているのであるから、預金者に対して消滅時効を理由として払戻しに応じないのは不公正である。

(三) 本件では、不公正な払戻し処理がされている可能性があるのに、払戻し義務を免れるのは、著しく正義に反する。

(四) 銀行実務では、消滅時効期間経過後であっても、事実上預金の払戻しに応じているのが一般的取扱いであり、被告の事務取扱要領によっても、原則として支払に応じるものとされている。

被告の内部文書にすぎない雑益処理口編入一覧表等の書類に原告の定期預金の記載がないことを理由として、払戻しに応じないとする例外的取扱いをすることは許されない。

2  時効利益の放棄ないし時効援用権の喪失

被告は、元金四万三九六二円の定期預金債務の存在は承認し、その払戻しに応じる意思を表示している。そして、四万三九六二円の定期預金債務は、本件定期預金の一部であって、これと不可分一体をなすものであるから、四万三九六二円の債務の存在の承認は、必然的に本件定期預金全体の承認として、時効利益の放棄ないし時効援用権の喪失をもたらすものというべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は争う。

本訴の提起は、預入時から、実に二二年以上経過してされたものであり、しかも、預金の存在自体確認できないものであって、被告は、営業譲渡によって本件定期預金債務を承継したものとされているに過ぎない。

原告主張のような事由があるからといって、本件に権利濫用の理論を適用すべきでない。

2  再抗弁2は争う。

既に主張しているように、被告は、三〇〇万円の定期預金債権と四万三九六二円の定期預金債権とは別個のものと認識しており、その存在を確認できた四万三九六二円の預金債権に関してのみ支払義務を承認しているにすぎない。

したがって、右の承認は、三〇〇万円の預金債権についてまで時効利益の放棄ないし時効援用権の喪失をもたらすものではない。

理由

一  四万三九六二円の定期預金契約について

1  請求原因のうち、原告が昭和五〇年八月七日、第一相銀との間で、満期日を同年一一月七日、利息を年五・五パーセントとする四万三九六二円の金額の定期預金契約を締結したこと、第一相銀が太平洋銀行と商号を変更し、更に、太平洋銀行が被告にその営業を全部譲渡したことに伴い、被告が右預金債務及び利息債務を太平洋銀行から承継したことは、当事者間に争いがない。

2  原告が、被告に対し、平成一〇年三月一六日到達の本訴状をもって、本件預金契約を解約する旨の意思表示をしたことは訴訟上明らかであるところ、右の解約の意思表示には、右の預金契約解約の意思表示も含まれているものと解される。

3  弁論の全趣旨によると、抗弁3のとおり、原告と第一相銀ないし太平洋銀行との間においては、定期預金の満期の後、解約までの支払利息の利率は、解約日における普通預金の利率による旨の合意がされていること、また、前記預金の解約日における普通預金の利率は、年〇・一パーセントであったことを認めることができる。

4  被告は、抗弁4において、原告には、前記のとおりの受領遅滞があるから、被告は右解約日後の遅延損害金を支払う義務はないと主張する。

右主張は、被告が現実の提供をしたとの趣旨でないことは明らかである。

また、本件において原告が予め被告からの弁済を受領することを拒んでいることを認めるに足りる証拠はなく(原告の本訴における訴訟態度から直ちに原告の受領許否の事実を推認することはできない。)、また、右の弁済の受領については、格別原告の行為を要するものともいえないから、右の主張が被告において原告に対し口頭の提供をしたことを意味するとしても(被告は原告に対し正規の払戻手続を要求しているのであるから、右の主張が口頭の提供をしたとの趣旨に解することができるかには疑問がある。)、被告の履行遅滞の責任を免れさせるには足りないというべきである。

5  以上によると、本訴請求のうち、預金元金四万三九六二円及びこれに対する利息計一五九一円(右元金に対する昭和五〇年八月八日から同年一一月七日までは、年五・五パーセント、満期の日の翌日である同年一一月八日から解約日である平成一〇年三月一六日までは年〇・一パーセントで計算)の合計四万五五五三円及び内金四万三九六二円に対する解約の翌日である平成一〇年三月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるというべきである。

二  本件預金契約のその余の部分について

1  被告は、本件預金契約のうち、前記金額を超える部分の成立を否認し、弁済を主張するほか(抗弁1)、消滅時効の成立を主張する(抗弁2)ので、まず、消滅時効に関する双方の主張を検討する。

2  平成一〇年三月一六日の本訴提起以前に本件預金契約の弁済期日である昭和五〇年一一月七日から五年以上が経過し、本件預金債権が時効期間を経過していること、本件預金債権のうち三〇〇万円の返還債務について被告が消滅時効の援用をしたことは訴訟上明らかである。

3  再抗弁1(権利の濫用)について

(一)  原告は、被告が消滅時効を援用することは、著しく信義に反し、権利濫用として許されないと主張する。

(二)  甲一号証、乙二号証ないし七号証、一〇号証ないし一三号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、本件預金契約に符合する第一相銀の定期預金証書を所持している。

(2) 太平洋銀行の預金事務取扱要領(乙一〇号証)においては、自動継続定期でない定期預金口座で、消滅時効起算日である満期日から一〇年以上経過したものは、雑益処理するものとし、「時効口」に編入処理するものとされ、時効口について払戻しの請求があった場合は、原則として払戻しに応じるが、預金を請求する者が、申込書、雑益編入一覧表(または時効完成分明細表)などの書類に預金者として登録されていない場合は、理由を充分に説明して払戻しを断るものとしていた。

そして、被告の預金事務取扱要領(乙一一号証)においても、右と同様の取扱いをするものとされている。

(3) 被告が太平洋銀行から営業譲渡を受けて入手した第一相銀作成にかかる預金取引明細表(兼元帳、昭和五二年一一月三日付、乙二号証)、新旧口座番号対応表(乙三号証)、雑益編入一覧表<ジコウグチ>(乙四号証)には、いずれも原告を預金者とする額面三〇四万三九六二円ないし額面三〇〇万円の定期預金の記載はなく、原告を預金者とする額面四万三九六二円の定期預金のみが記載されている。

なお、この額面四万三九六二円の定期預金については、昭和五〇年八月七日金額相違を理由として、同年一二月一二日付で定期預金申込書(乙五号証)が作成されているが、この申込書作成の経緯及び残金三〇〇万円の預金の処理については証拠上明らかでない。

(三)  被告は、前記の事務取扱要領に基づく運用として、時効口に記載のない原告を権利者とする三〇〇万円の定期預金債権について、消滅時効の援用をしたものである。

ところで、銀行が消滅時効を援用しないで、預金者の払戻請求に応じる場合があることは公知の事実であるが、このことは、銀行が事実上、消滅時効の援用をしないで任意に払戻しに応じていることを意味するにすぎず、銀行預金についての消滅時効の援用が一般的に認められないということはできない。

本件においては、原告を権利者とする三〇四万三九六二円ないし三〇〇万円の定期預金については、前記のとおり、第一相銀の作成した預金取引明細表等に一切の記載がなく、その理由は定かではないが、第一相銀においては、三〇〇万円の定期預金については、弁済その他の事情により既に消滅しているか、もともと存在しないものと認識していた可能性が高く、更に、営業譲渡を受け、それらの資料を引き継いだ被告においては、原告を権利者とする三〇〇万円の定期預金の存在を認識する可能性は極めて低かったと認めざるを得ないから、前記事務処理要領に従って、消滅時効を援用した被告の処理を不合理と評価することはできない。

一方、原告は、満期の後、実に二二年以上を経過した後に本訴を提起したのであり、その間、原告が本件定期預金について第一相銀等に対して権利行使をしたことを窺わせる資料は見当たらないし、第一相銀(太平洋銀行)及び被告のいずれかが原告の権利行使を妨げたことを示す証拠は一切見当たらない。

以上の事情を総合すると、被告主張の前記事由を考慮に容れてもなお、被告の消滅時効の主張が信義に反し、権利濫用に当たるということはできないものというべきである。

原告の再抗弁1は、採用することができない。

4  再抗弁2(時効利益の放棄ないし時効援用権の喪失)について

原告は、被告がした四万三九六二円の定期預金債務の存在の承認は、本件定期預金の不可分的一部の存在の承認であり、必然的に本件定期預金全体の承認として、時効利益の放棄ないし時効援用権の喪失をもたらすと主張する。

しかし、被告は、原告の本訴請求債権のうち、時効口に記載のある額面四万三九六二円の預金に限って債務を承認して払戻しに応じる意思を表明したが、残額の三〇〇万円については、債務の存在自体を否認した上で、消滅時効を援用しているのであるから、被告のした四万三九六二円の預金債務についての承認が、必然的に本件預金債務全体についての承認を意味するものでないことは明らかというべきである。

原告の再抗弁2は採用することができない。

5  以上によれば、被告の抗弁2は理由があり、被告の消滅時効の援用によって、原告主張の本件預金債権のうち三〇〇万円の支払を求める部分は、時効によって消滅したものというべきである。

そうすると、本訴請求のうち、定期預金額三〇〇万円及びこれに対する利息並びに遅延損害金の支払を求める部分については、請求原因及び抗弁1について判断するまでもなく理由がない。

三  結論

以上により、被告は、原告に対し、前記のとおり、定期預金元金四万三九六二円及びこれに対する、昭和五〇年八月八日から同年一一月七日まで年五・五パーセント、昭和五〇年一一月八日から平成一〇年三月一六日まで年〇・一パーセントの割合の各利息金並びに同月一七日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告の本訴請求は、右の限度において理由があるから認容し、その余の請求は、失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 土谷裕子 栩木純一)

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